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長井市一の宮 總宮神社|山形県内にあるライダーの聖地

總宮神社アイコン

長井市にあるライダーの聖地?
總宮神社へ行ってきました。
長井線長井駅から車で北へ3分あやめ公園駅から直線で100m程の場所にあります。

長井市一の宮 總宮神社へのアクセス

以前、訪れたまるはち酒店のすぐそばにあります。

長井市一の宮 總宮神社ってどんな神社?

長井市一の宮 總宮神社は、坂上田村麻呂ゆかりの神社

總宮神社は県内屈指の大社で西暦800年頃の、坂上田村麻呂将軍(さかのうえのたむらまろ しょうぐん)による蝦夷(えみし)討伐の際に日本武尊の御神徳を追尊し、郷土の平和を祈念して赤崩山白鳥大明神をこの地に創建されたと伝えられています。

蝦夷の阿弖流為(あてるい)と対峙する最前線への補給地として重要視されていたあかしでしょうか。わたしは、高橋克彦さんの「火怨」という小説を読んだ位にしか、この時代のお話を知らないのですが、出羽地方(東北の日本海側)は早々に大和政権下に入りで蝦夷(宮城県の北部から先の東北)と対峙していた時代です。

出羽は712年10月27日に出羽国に昇格し、翌10月1日に陸奥国から置賜郡と最上郡を譲られて国としての体制が整った。

律令制の下で上国とされ、蝦夷と接する重要な位置にあった。隣の陸奥国もまた蝦夷に接していたが、両国を統括する政治的・軍事的中心は主に陸奥側に置かれた。例として両国を統括する按察使は陸奥国守が兼任する慣行であった。陸奥国と並び黄金を産した

出典:Wikipedia
https://hisashi3blog.info/wp-content/uploads/2019/02/zururin.png
ズルりん

もののけ姫に登場するアシタカの一族は
蝦夷の子孫をモチーフにされているらしい

長井市一の宮 總宮神社は、戦国時代の大名からの信仰厚い神社

長井氏、伊達氏 、蒲生氏、上杉氏と歴代の統治者を始め上下からの信仰が厚く、とくに文禄2年(1593年)米沢城を治めた蒲生郷安が長井郷の44ヶ村の神社をこの地に合祭し、長井郷総鎮守として社号を「總宮」と改める事と成りました。
慶長3年(1598年)上杉家の直江兼続が神社の修理を行い、上杉景勝の入国以来代々の領主が本社を崇敬してきました。
(直江兼続は1597年に上杉家の米沢城城主として入城しました。 )

直江兼続の縁の史跡として境内には直江杉が、そして宝物殿には刀剣が残っています。
また、黒獅子の起源が伝わる神社でもあります。

しめ縄がしてある杉は、直江兼続が植えたといわれている杉です。
敷地内で東西に一文字に並んでいることから「宮の一文字杉」とも呼ばれていたそうです。

長井市一の宮 總宮神社の本殿

この日はたいへんに天気が良かったのですが、宮司さんが落ち葉焼きをしていた為、煙がもくもくです。

本殿の西側、流造の屋根には鬼瓦がいて睨みをきかせています。

長井市一の宮 總宮神社はライダーの聖地??

宮司さんに聞いてみたところ、長井市の黒獅子に由来来しているそうです。
長井市の黒獅子は激しく見ごたえのある踊りです。
長い幕に数人が入り込み、「むかで獅子」とも呼ばれる、うねうねした動きもあります。
「皆で」「足並み揃えて」「転ばない」ようにというこで、總宮神社でゲン担ぎされることから広まって、全国的にもライダーの一部で聖地と呼ばれるようになったそうです。

多い日には100台位バイクが集結するそうです。

後で調べてみたら、宮司さんもライダーのようです。

ぐうじののほほん

写真中心なのですが、欠かさず投稿されていて素晴らしいです。
見習いたい…

長井市一の宮 總宮神社の御朱印

總宮神社の「宮」がわざと小さく書かれるようです。

赤崩山という山号がついています。
普通は仏教のお寺につく称号ですが、こちらでは珍しいことに神社についているそうです。

御朱印を書いて頂いた際に、一緒にお箸も頂きました。
直江杉から地面に落ちてきた枝葉で作られたお箸です。

長井市一の宮 總宮神社は花粉がヤバい

神社の周りはぐるりと杉の木で囲まれています。
花粉症がひどい方は、3月、4月に参拝するのは大変そうです。

長井市一の宮 總宮神社

住所:長井市横町14-24
電話番号:0238-88-3348
アクセス:長井線あやめ公園駅から徒歩で5分
駐車場:20台位
公式HP:長井市一の宮 總宮神社

以上、「長井市一の宮 總宮神社|山形県内にあるライダーの聖地」でした。

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