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境田分水嶺、赤倉温泉街散策 [最上町]

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2020年11月、コロナ感染症の流行もあり、出かけることはもとより宿泊することの判断が難しい時期でしたが、安全に気をつけつつ、静かな温泉旅に出かけてきました。

今回の行き先ももちろん山形県内。

自分にとっては初めて訪れる最上町。

その中でも今回は、山形県と宮城県をつなぐ国道47号線付近。境田地区。赤倉温泉街を訪れました。

旅程1日目

平日だったこともあり、事前に楽天トラベルで宿泊先の「みどりや旅館」の予約はすんなり取れました。

午前中に自宅を出発して、お昼は村山市でお蕎麦を食べてから最上町へ向かいました。最上町から(国道47線を使って)宮城県に行ったことが無かったので、赤倉温泉街へ行く前にぶらっと県境も越えてみようと思いついて行ってみました。

行ってみたのですが山道なので、とくに目ぼしいものがあるわけでもなく…

すぐに山形へUターン( • ̀ω•́ )っ

境田分水嶺

境田分水嶺 看板

国境を守る役人の家で文化財「封人の家」は松尾芭蕉ゆかりの地だそうですが、

街道沿いにポツンと茅葺き寄棟造りの建物があるだけだったので、今回はスルー。

よくわからないけど、徒歩320m位先に境田分水嶺?というものがあるらしい。

なんだかよくわからないけど、散歩がてら歩いて行ってみました。

境田分水嶺 歩道

ということで苔の歩道をぶらぶら散歩🚶🚶

境田分水嶺①

小さい鳥居と碑石が見えてきました。

境田分水嶺 看板2

奥羽山脈から流れた雨水が「日本海」と「太平洋」へ分岐する地点「大分水嶺

最上町境田の分水嶺

東北地方の背骨とも言える奥羽山脈は、日本海と太平洋を分ける大分水嶺でもある。降った雨が日本海の水になるか、太平洋の水になるかの境目のことを大分水界というが、それが山脈の尾根にある場合、大分水嶺と呼ぶ。

水にとっては重大な岐路なのだが、それが意外と身近なところに、目立たない形でひっそり存在してたりするというのは何か示唆的でありロマンを感じる。

引用元:田園博物館より

この辺りが奥羽山脈の尾根にあたる場所なんですね!

なんかそれ程標高が高いわけでもなく不思議な感じ

境田分水嶺②

北側(国道47号線)の方から流れてきた水が東西へ分かれていきました。

鳥居には「不浄なものを通さない」という役割があります。きっと鳥居効果が加味されて無事にそれぞれの大海原へ流れていくのでしょう。

境田駅

境田駅

境田分水嶺のすぐ近くにはJR陸羽東線「境田駅」がありました。

陸羽東線 境田駅

もちろん、駅員さんのいない無人駅

宮城県古川駅と山形県新庄駅を結ぶ為、日に7,8本は停車するようです。

天気が良くないのもあいまって、寂しい感じ…

(´・ω・`)

境田分水嶺へのアクセス

赤倉温泉街

境田分水嶺の後は、元来た道を戻って赤倉温泉街へ

赤倉温泉 街入り口

みどりや旅館」にチェックインする前に、一度みどりや旅館へ挨拶だけして「赤倉温泉湯巡りチケット」(1,300円)を購入。

「ひやま山荘」→「わらべ唄の宿 湯の原」の足湯とお湯巡りしてきました。

赤倉温泉街 パンフレット

みどりや旅館でチェックインした後は、赤倉温泉パンフレット「そぞろあるき」を参考に夕暮れ時にお散歩しました。

赤倉温泉街①

赤倉温泉街の道路は狭いので車で行く方は要注意です。

赤倉温泉街②

所々にある案内看板は真新しい。

赤倉温泉街 虹の橋

赤倉温泉街の代表的な橋「虹の橋」

赤倉温泉街の「虹の橋」

初代の橋は1928(昭和3)年に整備された。旧東小国村(現最上町)と温泉街の住民が半分ずつ費用を負担し、官民一体で架設した。

〜 中略 〜

現在の橋は3代目。1965(昭和40)年に完成した。全長46メートル、幅3.7メートル。生活道路として利用され、赤色の欄干がひときわ目立つ。

〜 中略 〜

1963(昭和38)年、下流の主要地方道尾花沢最上線に新しい橋が完成すると、この橋が「赤倉橋」となった。旧赤倉橋に「虹の橋と名付けたのは、富沢中(統合のため86年廃校)の校歌を作詞し、赤倉温泉にも滞在した俳人の故加藤楸邨氏。命名の依頼を受けて「山刀伐に虹かかれよと虹の橋」(句集「まぼろしの鹿」)と詠んでいる。

引用元:山形新聞 やまがた橋物語 より
赤倉温泉街 虹の橋②

「虹の橋」から見て下流に見えるのが現在の「赤倉橋」

赤倉温泉街 虹の橋③

「虹の橋」から見て上流に見えるは、歩道専用の「ゆけむり橋」

赤倉温泉街③

店舗、住宅も少なく牧歌的な風景に出会えました。

ズルいの
ズルいの

山形県なら珍しくもない風景だよね

気取らない田園風景の温泉街というのも良いものです。

けど、夜は暗すぎなのでもうすこし灯りがあったら嬉しい。

赤倉温泉街④
赤倉温泉メモ

倉温泉の始まりは865年(貞観5年)

北一の湯量を誇る源泉掛け流しのあったまり湯。

質は「ナトリウム・カルシウムー塩化物・硫酸塩温泉」で、なめらかで柔らかい赤倉のお湯が、神経痛、筋肉痛、切り傷、やけど、冷え性などに効能があり。

諸国行脚の旅にあった慈覚大師円仁が、村人たちが傷ついた旨を小国川の川湯に入れて直しているのを見て、錫杖で岩を掘ったところ湯が噴出したと伝えられています。

平成の中頃まで、上記写真の最上小国川の河原石を掘ると温泉が噴き出てきてくる為、My温泉掘るという体験プランもあったそうですが、2020年末には赤倉温泉の湯量減少でなかなか難しい状況とのことでした。温泉宿の数も減少傾向のようですが、全部の施設が、全て異なる源泉を持っているので、湯巡りしがいがあることには変わりなし!

温泉神社からの眺め

南側の高台には温泉神社があって、温泉街を見渡せました。

旅程2日目

前日、「わらべ唄の宿 湯の原」が休業日だった為、「みどりや旅館」を出立した後にリベンジ訪問して湯巡りしていきました。

その後は、新庄市の漫画ミュージアムを目指して国道47号線を戻りました。「瀬見温泉街」を車で通過して、「マッシュルームスタンド」 → 「新庄・最上 漫画ミュージアム」 → 「戸沢神社」 → 「最上川千本だんご」と観光食べ歩きしてきました。

今回の旅のまとめ

「最上川千本だんご」は何度も行ったことがあるのですが、それ以外のスポットは初めての場所ばかりだったので、新鮮な気持ちで楽しめました。

2日目の新庄市、北村山は平日でもやはりそこそこ人がいる状態でしたが、最上町に関しては心配になるくらい人が少ないように感じました。国道沿いより町の南北の山に近いところに高原やキャンプ場などが展開されているようなので、もしかしたらそちらの方が賑わっていたのかもしれない。

赤倉温泉街は全部の旅館が全て異なる源泉を利用しているということで、いつか全部の温泉を湯巡りしてみたい。

山形県内まだまだ行ったことがない場所だらけです。

次はいつ赤倉温泉街へ行けるかな。

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