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七福神めぐり|山形 村山地方の一日で巡る羽州七福神 愛に行くべ!

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2020年が明けまして、羽州七福神めぐりをしてきました。

羽州(うしゅう)とは
出羽国(秋田、山形地方)の別称。

引用:コトバンク

コトバンクで調べると一般的にはかなり広範囲に及ぶ地域を指します。
羽州七福神で巡るのは山形市内、山辺町、中山町の隣接し合う3市町村です。

その為、のんびり車で移動しても一日で回ることができます

とか、書いておいて、、
毎年1月10日に開催される山形市の初市も歩きたかったので、11時頃に山形駅前をスタートして、16時頃まで6ヶ所巡り、残り1ヶ所を翌日に持ち越し

と、あえて2日にかけて回りました。

過去に何度か別の地域の七福神めぐりをしたことがあるのですが、今回はじめて「ご真言」を唱えました。最初に訪れたお寺で「ご真言」の紙を渡されて3回唱えてお祈りしてくださいとのこと。

「ご真言」を読むので、いっぱいいっぱいになってしまった…
(*´▽`*)

羽州七福神めぐり とは?

※表は横スクロールで閲覧可能です

目的山形市と近隣市町村の七福神めぐり
開催期間 年中(毎月7日がご縁日)
所要時間ゆっくり車で巡って6〜8時間(目安)
開催場所 山形市、山辺町、中山町
主催 羽州山形七福神霊場会
問合せ先 里の宮 湯殿山神社内(023-633-1810)

神社1ヶ所、寺社6ヶ所とほとんどがお寺に奉られている。
また、お寺は非観光用と思われる為、事前に連絡してから伺ったほうが良さそう。

羽州七福神めぐりの企画は、平成に入ってから始まったそうです。

羽州七福神めぐり2020

2020年1月10日、11日「羽州七福神めぐり」をしてきました。

10日の11時に山形駅西口から車でスタート!

上記、マップと全く同じ道を走ったわけでは無いのですが、おおよそ、こんな道順で巡りました。車で連続移動した場合でも、1時間30分位かかります。

山形駅西口から

寿老神 ⇒ 大黒天 ⇒ 福禄寿 ⇒ 毘沙門天 ⇒ 布袋尊 ⇒ 恵比寿神 ⇒ 弁財天

と、 反時計回りに巡りました。

円同寺の寿老神

※表は横スクロールで閲覧可能です

住所山形県東村山郡中山町大字長崎420
電話023-662-2792
アクセスJR左沢線長崎駅から北東へで3分、徒歩で9分(700m)
駐車場15〜20台
公式HP無し

※表は横スクロールで閲覧可能です

宗派曹洞宗
ご本尊未確認
創建1444年(文安元年)室町時代(南北朝統一)
山号大虚山(たいきょざん)
寺号円同寺(えんどうじ)
開山
(寺院の創始)
不明
開基
(創始時支援者)
中山宗朝 公
(長崎古城主中山式部少輔宗朝)
霊場出羽七福神八霊場【寿老神】
川西三十三観音5番
中山氏の菩提寺

車のナビで訪れたのですが、マップで見たとおり区画の中心部にお寺があって、 なかなかたどり着けなかった…

周りにいくつか寺社仏閣があってさらに混乱したんだけど、近くに車を停めて、区画の周りをぶらっと歩いてようやく見つけました
╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! ✧

円同寺の目印

国道112号線の「そば処 伊とうや」のところを東に入ってすぐ!

ズバリ、入り口は建物の南側

また、西側にあるローソンの辺りから裏道を徒歩で通って出入りすることも可能でした。

円同寺のご由緒

開山は室町時代まで遡ります。長崎古城主中山式部少輔宗朝公が開基した経緯から中山氏累代の菩提寺になっています。

開山当時の円同寺の梵鐘(寺院のつりがね)は県指定の文化財になっており、慶長年間(安土桃山時代後半〜江戸時代前半)に山形市長谷堂の寺に運ばれ現在に至るそうです(理由不明)。

引用:出羽七福神パンフレットより

中山氏とは

Wikipediaでしらべた限りですが…
社会科の教科書にも登場する藤原不比等道長・頼通親子に通じる、やんごとなき血筋の一族でした。
けど、藤原さん多すぎてわけがわからなよ…

藤原北家師実流の祖 ” 藤原家忠 “さんの孫にあたる方が
” 中山忠親 “さん(初代中山氏)で、曾孫にあたる方が
” 中山忠義 “さん(寒河江に来た方)で、8代後の後継にあたる方が
” 中山継信” さん(現・中山町長崎)に館を開き居住した方

https://hisashi3blog.info/wp-content/uploads/2019/04/zuruino-Bossy.png
ズルいの

このくらいにしておきましょうかっ

https://hisashi3blog.info/wp-content/uploads/2019/02/zururin.png
ズルりん

あ、調べるの諦めたね…

寿老神(じゅろうじん) とは?

中国の道教の神で南極星の化身。白髪に頭巾、白く長い髭をたくわえ、経典をつけた杖と桃を持つ姿で描かれる。鹿を伴って描かれることも多い

桃も鹿も長寿の象徴とされ、健康、長寿を授ける仙人だ。ご利益は長寿延命、諸病平癒、富貴繁栄、子孫繁栄など。「元気で長生き」という現代に求められるテーマにぴったりの神。

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん ばざら ゆぜい そわか 」

寿老神の像

円同寺 寿老神の御朱印

寿老神の御朱印

白鳥山の大黒天

※表は横スクロールで閲覧可能です

住所山形県東村山郡山辺町山辺515
電話023-664-8117
アクセスJR左沢線羽前山辺駅から西へで3分、徒歩で10分(800m)
駐車場3台(使用不明)
公式HP無し

※表は横スクロールで閲覧可能です

宗派曹洞宗
ご本尊釈迦牟尼仏像
創建未確認
山号鳳凰山(ほうおうざん)
寺号白鳥寺(はくちょうじ)
開山
(寺院の創始)
不明
開基
(創始時支援者)
不明
霊場出羽七福神八霊場【大黒天】
最上四十八地蔵尊16番
川西三十三観音16番

住宅街の入り組んだん内にあって、道もかなり狭い
駐車場が3台分ありましたが、封鎖されていました。

白鳥寺の外観

左側に見えるのは「愛宕神社
白鳥寺との関連はないそうです。

白鳥寺の外仏

内仏、外仏とお地蔵様が奉られているお寺で、玄関前には六地蔵様が冬ごもり用の笠ならぬ桃色カッパをまとわれていました。

白鳥寺の本堂1
白鳥寺の本堂2

室内に飾れていた色紙

白鳥寺のご由緒

白鳥寺大黒天は尊像ではなく、大きな彩画として軸に描かれています。本堂中央天井に描かれた鳳凰画の作者新海輝雄画伯によりこちらの大黒天も作描されています。白鳥寺は古くは京の都、七福神で有名な黄檗山萬福寺(おうばくざんまんぷくじ)の末社であったが、様々な歴史的経緯をたどり現在は曹洞宗に改修されています。

引用:出羽七福神パンフレットより

木彫りの大黒天

白鳥寺の大黒天

大黒天(だいこくてん) とは?

もともとは、マハーカーラとよばれるヒンドゥー教の神で、創造と破壊を司るシヴァ神の化身。仏法守護の神として伝来したが、後に日本神話の大国主命(おおくにぬしのみこと)と結びつき、福の神として信仰された

打ち出の小槌と大きな袋を持ち、米俵と白鼠を従えた姿で描かれるご利益は五穀豊穣、家産増進、子孫繁栄

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん まかきゃらや そわか 」

天井に描かれた鳳凰画
八方睨み

どの方向から天井の鳳凰を見上げても、地上にいる自身を睨みつけるように見える不思議な画、鳳凰の画に睨まれることで厄落としになるそうです。

白鳥寺の御朱印

大黒天の御朱印

萬松寺の福禄寿

萬松寺の山門1

以前訪れた、萬松寺に七福神めぐりで再度お参りに伺いました。

萬松寺の本堂
福禄寿の像

萬松寺の福禄寿

床保護の為、近くまでいって拝むことはできませんでした。
七福神の福禄寿が真正面に奉られています。

福禄寿(ふくろくじゅ) とは?

寿老神同様、道教の神様で南極星の化身とされる。身長の半分を占める長い頭と白髭が特徴。杖をつき、長寿の象徴である鶴や亀を従えた姿で描かれる。

道教の三徳、福(子孫繁栄)、禄(財産)、寿(健康長寿)を備え、人の寿命を知るとされる。ご利益は子孫繁栄、富貴繁盛、健康長寿。

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん まかしリ そわか 」

萬松寺の床

萬松寺のご由緒

ご由緒については、以前訪問した際の記事をご参照ください。

萬松寺の山門2

萬松寺の御朱印(七福神バージョン)

福禄寿の御朱印

養千寺の毘沙門天

養千寺の本堂

※表は横スクロールで閲覧可能です

住所山形県山形市妙見寺42
電話023-622-1407
アクセスJR奥羽本線山形駅から東へで11分(4,700m)
萬松寺の福禄寿から東へで3分、徒歩で19分(1,300m)
駐車場20〜30台
公式HP養千寺(公式サイト

※表は横スクロールで閲覧可能です

宗派曹洞宗
ご本尊未確認
創建1615年頃(元和初期)江戸時代
山号長光山(ちょうこうざん)
寺号養千寺(ようせんじ)
開山
(寺院の創始)
萬松寺五世和尚
開基
(創始時支援者)
未確認
霊場出羽七福神八霊場【毘沙門天】

養千寺のご由緒

元和の初期、萬松寺五世和尚様によって開かれた曹洞宗のお寺です。天明の飢饉の時(江戸時代中期の1782年)、人々の難儀を救う為、笹谷峠を越えて売られてきた仏像を八世和尚様がご本尊様として求めたと伝わるように庶民と共に歩んできたお寺です。

引用:出羽七福神パンフレットより

養千寺の巨大鈴

巨大な鈴(りん)は1991年(平成3年)に求められたそうです。

お寺の方からぜひ、鳴らせてみてください。とのことで実際に体験してきました。

養千寺の鈴棒

鈴棒(りんぼう)も巨大で、両手ですら柄を持つことができませんでした( ゚Д゚)
片手は鍔(つば)のところを持ってようやく打ち鳴らせました。
※鈴の上部の口を打つ必要がある為、鈴棒を持ち上げる必要があります。

「ごうぉぉぉぉ〜〜ん」

と長く深〜く響くすばらしい音色でした。

養千寺の本堂
養千寺の扁額
毘沙門天の像1
毘沙門天の像2

養千寺の毘沙門天

毘沙門天(びしゃもんてん) とは?

四天王の一神で、財宝の象徴である北方の守護神。ルーツはヒンドゥー教で、仏教とともに伝来した。甲冑を着けて矛と宝塔を持ち、邪気を踏む姿で描かれる

古くは武運の神として上杉謙信(うえすぎけんしん)ら戦国大名の信仰を集めた。厄除け。恵方の神であり、財運を授け、大願成就を助けるとされる

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん べいしら まんだや そわか 」

養千寺の甘酒

自家製の甘酒を頂きました。
甘さ控えめで米米していて、疲れが吹っ飛んだ🌀️🌀️
ご馳走さまでした (●’艸`*)

養千寺の御朱印

毘沙門天の御朱印

法来寺の布袋尊

法来寺の入り口
法来寺の案内板

今回は、あくまで七福神めぐりでしたので、布袋尊のみ拝観させて頂きましたが、法来寺は敷地が広く、時間があれば様々な拝観スポットの散策を楽しめそうでした。

法来寺の鐘

※表は横スクロールで閲覧可能です

住所山形県山形市大字釈迦堂66
電話023-629-2712
アクセスJR奥羽本線山形駅から東へで14分(5,700m)
養千寺の毘沙門天から東へで3分、徒歩で19分(1,300m)
山交バス(県庁北口・唐松観音・宝沢・関沢)行、法来寺前から徒歩で1分
駐車場10〜20台
公式HP無し

※表は横スクロールで閲覧可能です

宗派曹洞宗
ご本尊未確認
創建1481年(文明13年)室町時代(応仁の乱)
山号白馬山(はくばさん)
寺号法来寺(ほうらいじ)
開山
(寺院の創始)
在室祐石大和尚
開基
(創始時支援者)
源義家 公
北条時頼 (最明寺時頼入道) 公
霊場出羽七福神八霊場【布袋尊】
山形百八地蔵霊場 第4番札所

法来寺のご由緒

三国伝来日本三釈迦如来の仏像をお祀りする法来寺は、山形市の東方、馬見ヶ崎川扇状地の扇頭部に位置し、もともとは天台宗の寺院でした。

京都嵯峨清凉寺式といわれるこの如来像は、白馬に乗り馬見ヶ崎川北(右岸)唐松に安置され祈願すると馬のいななきが聞こえ大願成就したので一帯を馬見ヶ崎と呼び、山号や寺号また地区名などもこれにちなんでつけられました。

室町時代、法来寺は、馬見ヶ崎川南(左岸)に移り曹洞宗として現在に至っています。

引用:出羽七福神パンフレットより

法来寺の本堂

暖冬の影響で、一月初めのこの時期で、これっぽちしか雪がない今冬の為、あえて、冬の風情として雪を残しているそうです。

法来寺の扁額
布袋尊の像

法来寺の布袋尊

布袋尊がたくさんいました。

布袋尊(ほていそん) とは?

七福神中、唯一の実在人物。中国の戦国時代の禅僧で名を契此(かいし/けいし)といい、諸国を放浪して予言、託宣を行い、優れた予知能力から弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身とされた。

福々しい笑顔と太鼓腹、方に下げた大きな袋が特徴。この袋は喜捨物(きしゃぶつ)を入れる袋だが堪忍袋ともいわれ、人格を円満に導く功徳(くどく)ありとされる。評知と和合金運招福の神

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん まいたれいや そわか 」

なで布袋尊の像

こちらは撫で布袋尊
九州の太宰府天満宮からいらっしゃったそうです。
願い込めて撫でることで「知恵」と「福」を授けてくれます。

法来寺の外観

奥の建物には日本三釈迦如来の仏像が祀られている。
正月三が日のみ御開帳するそうです。

法来寺の御朱印

布袋尊の御朱印

里の宮 湯殿山 市神神社の恵比寿神

市神神社の参道

10日夕方近くになりボンボリが点灯して初市の夜祭の雰囲気です♪
(17時で初市終了しますので、実際は夜祭りはありません。)

市神神社の外観

市神神社のご由緒

ご由緒については、以前訪問した際の記事をご参照ください。

市神神社の拝殿

初市の為は、御神体がご開帳されていました。
ご開帳されていることとご真言を唱えることに意識をとられて恵比寿神の像は撮影もれました。
(;^ω^)

御神体の御開帳は年に2回行われています。

恵比寿神(えびすじん) とは?

七福神中、唯一純国産の神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の間に生まれた蛭子尊(ひるこのみこと)といわれる。

烏帽子に狩衣、釣り竿と魚籠を持ち、立派な鯛を抱えた姿で描かれる。古くは漁民の守護神だったが、後に商いの神に。大黒天と対で福の神として、庶民の信仰を集めた。ご利益は主に大漁豊作、商売繁盛

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん いんだらや そわか 」

一般的な恵比寿神のご真言は上記の通りですが、
里の宮 湯殿山 市神神社で唱えるご真言は以下のご真言になります。

「 えびす おおかみ まもりたまえ さきはえたまえ 」

市神神社のおみくじ

女みくじのみ無くなっていました
凄い (。◕ ∀ ◕。)

市神神社の御朱印

恵比寿神の御朱印

謹賀新年の限定御朱印を頂きました。

無量寺の弁財天

無量寺の山門

一応、事前連絡して訪れたのですが、法事かなにかをされていてまいたが、
弁財天の御神体は別室にあった為は普通にお参りできました。

※表は横スクロールで閲覧可能です

住所山形県山形市双月町4-5-12
電話023-633-1810
アクセスJR奥羽本線山形駅から北東へで12分(3,900m)
駐車場5〜10台
公式HP無し

※表は横スクロールで閲覧可能です

宗派曹洞宗
ご本尊聖観世音菩薩
創建1662年(寛文2年)江戸時代
山号真鏡山(しんきょうざん)
寺号無量寺(むりょうじ)
開山
(寺院の創始)
本寺金勝寺九世直震長涼大和尚
開山時は無量庵
開基
(創始時支援者)
不明
霊場出羽七福神八霊場【弁財天】
無量寺の外観
無量寺の扁額

無量寺のご由緒

無量寺は寛文2年(1662年) 本寺金勝寺九世直震長涼大和尚によって開かれたお寺です。元盃山登山口に作られた庭は心地の池と馬見ヶ崎の清らかな水を引いた美しい庭です。

ここに昭和60年(1985年)に福島県原町の佛師佐々木某の彫刻になる弁財天がまつられています。これは無量寺が八ヶ郷堰の上流に位置し山形市の鈴川地区はもとより下流の八つの地区が共に栄える様にとの願いを込めて現住職が勧請したものです。

引用:出羽七福神パンフレットより

弁財天の像

弁財天(べんざいてん) とは?

七福神中、唯一の女神。サラバスティと呼ばれるインド古代神話の水神で、ヒンドゥー教では、梵天(仏教の守護神の一人)の妃。琵琶を奏でる絶世の美女の姿で描かれることが多い

水の流れる妙音から音楽、弁舌を司るとされ雄弁と知恵を授け、芸能、学問の分野での成功、名誉を与えるとされる。金運財産をもたらすともされる

引用元:紅の蔵 街なか情報館 掲示物より

ご真言は3回唱えてお願いする
「 おん そらそばていえい そわか 」

無量寺の御朱印

弁財天の御朱印

まとめ:羽州七福神めぐりは非観光用のお寺が多くて気軽に巡りにくい

羽州七福神めぐり まとめ
  • 羽州七福神のご縁日は毎月7日
  • 羽州七福神めぐりは車があれば一日で巡ることができる。
    ゆっくり車で巡って6〜8時間(目安)
  • 七福神めぐりではご真言を唱えてお祈りしましょう。
  • 1神社6寺の構成
    お寺は非観光用よりの為、事前連絡した方が良さそう。
  • 初穂料はそれぞれ300円
    市神神社は限定御朱印を頂いた為500円
  • 同じ日に他県から参られてるグループもいた。
  • 若い方の七福神めぐりは少ない為、若い方にももっと訪れてほしいとのこと。

  

以上、『七福神めぐり|山形 村山地方の一日で巡る羽州七福神 愛に行くべ!』でした。

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